雌蝉の啼き声は聴こえない。【三題噺UP!】
2012年 08月 19日
夏が終わりますよ。
一度きりしかない、今年の夏を充実して過ごせましたか?後悔はありませんか?やり残したことはありませんか?
・・なーんて夏は謎の強迫観念でいっぱい!!
気がつけば謎のルールでがんじがらめ。
地べたに転がる七日目の蝉に、そんなことを聞いたって鼠花火みたいにぐるぐる廻るしかねえわい。
交尾できない蝉は四割近いらしい。
後悔だらけでも、最期は鼠花火みたいになって死にたいもんですな。
本番が、近づいてくる。
さて。前回の三題噺をUPします!
Tiger&Bee 三題噺のコーナー
第二回【末期の舞】
お題 【扇子・辻斬り・かすてら】 ※江戸縛りで、次回作を踏まえた怪談噺で御座い。
登場人物:猿楽師、定廻り同心 笹原幾ノ介
【末期の舞】
これで十五人目である。定廻り同心 笹原幾ノ介は筵(むしろ)を被せながら舌打ちする。この頃、江戸の町では奇怪な事件が続いている。辻斬りだ。襲われた者たちそれぞれに、繋がりと思しきものはなく、男も女も身分も年齢も関係ない。ただみな同様に、夥(おびただ)しい数の刀傷、それも目を覆いたくなるほどの傷があることから、すべて同じ人間の凶事であることは間違いなかった。
しかしこれだけの人を殺めておいて、刃こぼれ一つしないのだろうか、と笹原はいぶかしむ。
よほどの手(て)錬(だれ)だとすれば、名の知れた武士の筈。例え浪人であっても多少は怪しい者の名があがってきてもいいものだが、まったくといっていいほど、手がかりはつかめていなかった。
******
ここのところ毎晩、胃が痛む。与力からは早くひっ捕えろと急かされるし、岡っ引の安治は悲惨な遺体を見て、岡っ引のくせにふさぎこんでしまった。気を利かせた妻が「滋養にいいので」と、わざわざ、かすていらを夕餉に出してくれた。
かすていらで、滋養をつけた笹原は、夜遅くまで町を調べ歩いていた。そしてそこで妙なモノを目にする。暗闇の中、橋のたもとで踊る二人の男女がいる。月明かりもないこんな夜更けに、異様である。
近づいていくと、なんと女は血だらけである。踊っているのではなく、苦しんでもがいていたのだ。舞っているのは、男だけ。
見ると、男が扇を華麗に翻す度に、女の身体からは血しぶきが上がっていくではないか!
舞えば舞うほど、女は苦しみ、顔は苦痛に歪んでいく。扇子から見えない刃で斬られたように、首の前で振れば首から。足の前を通せば足から、血が肉が骨が、飛び散っていく。あまりに異様な光景に、笹原は一歩も動けずにいた。
ついに男の舞が終わりを迎え、扇をぱちんと閉じると、女の首がごろりと地面に落ちた。
******
捕えた男は、さる大名家お抱えの猿楽師であった。持っていた刀に血曇ひとつなく、やはり血に染まった扇が、凶器であった。血で染まっている以外はいたってふつうの扇のように見える。
笹原は問うた。
「この扇は如何なるものか。」
「ああ、これは扇子腹の、扇子で御座いますから」
と、答えた。
本来、切腹とは己で己の腹をかっさばき、介錯人に首を切り落として貰うのが作法だが、腹を割いたことでどうしても身体が動いてしまい、首をうまく切り落とせないことも多かったことから、扇子を腹に押し当て“切った”という形だけを保ったやり方を扇子腹と言う。
その扇子腹に使った、扇子だという。何十人という侍の腹に当てられ、死へと導いた扇子が、魔を孕んだのだった。
「何ゆえ、こんなにも殺したのだ」
そう問うと、おしろいでも塗ったような顔に、朱が混じった。
「芸の為で御座います。」
「芸だと?」
「はい。真髄を見るためで御座いました。この扇で一振りしますと、かまいたちのように空が裂け、相手の肉が切れます。まずは喉。それから目、そして腹。相手はあまりの痛みに、あるいは私を捕えようともがき暴れます。そう致しますと、はらわたがずるずると、出てて参ります。足掻けば足掻くほど腹は破れ、血の固まりが吐き出され、手も足も解き放たれたように自由になります。その悶え苦しみゆく様が、その舞いが。たまらなくうつくしいので御座います。そこに私が志す芸の真髄の姿があると思ったゆえにございます。」
******
当時、猿楽師は士分であったが、当然腹を切ることも、・・・扇子腹を切ることも許されず斬首となった。何故この扇子が、猿楽師の手元に渡ったのか、その扇子がいま何処にあるのか、など、いち役人である笹原が知る由もない。
ただ笹原は、猿楽師の最期の言葉を聞かされたのみである。
猿楽師は、斬首の際に居合わせた役人たちに向かって、おしろいを塗ったような顔で興奮気味にこう言ったという。
「さてこれより芸の真髄をお見せしますゆえ・・・・・どうぞ。ごゆっくりお楽しみあれ」
【了】
※お題随時募集中ですよ!
【沈没のしらぬゐ】もチケット好評発売中!!ご予約はこちらから↓
一度きりしかない、今年の夏を充実して過ごせましたか?後悔はありませんか?やり残したことはありませんか?
・・なーんて夏は謎の強迫観念でいっぱい!!
気がつけば謎のルールでがんじがらめ。
地べたに転がる七日目の蝉に、そんなことを聞いたって鼠花火みたいにぐるぐる廻るしかねえわい。
交尾できない蝉は四割近いらしい。
後悔だらけでも、最期は鼠花火みたいになって死にたいもんですな。
本番が、近づいてくる。
さて。前回の三題噺をUPします!
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第二回【末期の舞】
お題 【扇子・辻斬り・かすてら】 ※江戸縛りで、次回作を踏まえた怪談噺で御座い。
登場人物:猿楽師、定廻り同心 笹原幾ノ介
【末期の舞】
これで十五人目である。定廻り同心 笹原幾ノ介は筵(むしろ)を被せながら舌打ちする。この頃、江戸の町では奇怪な事件が続いている。辻斬りだ。襲われた者たちそれぞれに、繋がりと思しきものはなく、男も女も身分も年齢も関係ない。ただみな同様に、夥(おびただ)しい数の刀傷、それも目を覆いたくなるほどの傷があることから、すべて同じ人間の凶事であることは間違いなかった。
しかしこれだけの人を殺めておいて、刃こぼれ一つしないのだろうか、と笹原はいぶかしむ。
よほどの手(て)錬(だれ)だとすれば、名の知れた武士の筈。例え浪人であっても多少は怪しい者の名があがってきてもいいものだが、まったくといっていいほど、手がかりはつかめていなかった。
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ここのところ毎晩、胃が痛む。与力からは早くひっ捕えろと急かされるし、岡っ引の安治は悲惨な遺体を見て、岡っ引のくせにふさぎこんでしまった。気を利かせた妻が「滋養にいいので」と、わざわざ、かすていらを夕餉に出してくれた。
かすていらで、滋養をつけた笹原は、夜遅くまで町を調べ歩いていた。そしてそこで妙なモノを目にする。暗闇の中、橋のたもとで踊る二人の男女がいる。月明かりもないこんな夜更けに、異様である。
近づいていくと、なんと女は血だらけである。踊っているのではなく、苦しんでもがいていたのだ。舞っているのは、男だけ。
見ると、男が扇を華麗に翻す度に、女の身体からは血しぶきが上がっていくではないか!
舞えば舞うほど、女は苦しみ、顔は苦痛に歪んでいく。扇子から見えない刃で斬られたように、首の前で振れば首から。足の前を通せば足から、血が肉が骨が、飛び散っていく。あまりに異様な光景に、笹原は一歩も動けずにいた。
ついに男の舞が終わりを迎え、扇をぱちんと閉じると、女の首がごろりと地面に落ちた。
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捕えた男は、さる大名家お抱えの猿楽師であった。持っていた刀に血曇ひとつなく、やはり血に染まった扇が、凶器であった。血で染まっている以外はいたってふつうの扇のように見える。
笹原は問うた。
「この扇は如何なるものか。」
「ああ、これは扇子腹の、扇子で御座いますから」
と、答えた。
本来、切腹とは己で己の腹をかっさばき、介錯人に首を切り落として貰うのが作法だが、腹を割いたことでどうしても身体が動いてしまい、首をうまく切り落とせないことも多かったことから、扇子を腹に押し当て“切った”という形だけを保ったやり方を扇子腹と言う。
その扇子腹に使った、扇子だという。何十人という侍の腹に当てられ、死へと導いた扇子が、魔を孕んだのだった。
「何ゆえ、こんなにも殺したのだ」
そう問うと、おしろいでも塗ったような顔に、朱が混じった。
「芸の為で御座います。」
「芸だと?」
「はい。真髄を見るためで御座いました。この扇で一振りしますと、かまいたちのように空が裂け、相手の肉が切れます。まずは喉。それから目、そして腹。相手はあまりの痛みに、あるいは私を捕えようともがき暴れます。そう致しますと、はらわたがずるずると、出てて参ります。足掻けば足掻くほど腹は破れ、血の固まりが吐き出され、手も足も解き放たれたように自由になります。その悶え苦しみゆく様が、その舞いが。たまらなくうつくしいので御座います。そこに私が志す芸の真髄の姿があると思ったゆえにございます。」
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当時、猿楽師は士分であったが、当然腹を切ることも、・・・扇子腹を切ることも許されず斬首となった。何故この扇子が、猿楽師の手元に渡ったのか、その扇子がいま何処にあるのか、など、いち役人である笹原が知る由もない。
ただ笹原は、猿楽師の最期の言葉を聞かされたのみである。
猿楽師は、斬首の際に居合わせた役人たちに向かって、おしろいを塗ったような顔で興奮気味にこう言ったという。
「さてこれより芸の真髄をお見せしますゆえ・・・・・どうぞ。ごゆっくりお楽しみあれ」
【了】
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by hachi-tora
| 2012-08-19 06:06